2003/06/14 (土)

Friedensreich Hundertwasser
フンデルトヴァッサー
1928-2000

1928年12月15日、ウィーンに生まれる。本名フリードリッヒ・シュトヴァッサー(Friedrich Stowasser)。ウィーン美術学校には3ヶ月しか行かず、その後世界各地を放浪しながら、独自の強烈な色彩と形態の渦巻く抽象画を描いた。1961年には日本に滞在し、日本人と結婚していたことも(その後離婚)。
日本では、木版の彫り師、刷り師との共同作業で1973年より多くの木版画を発表。その際、作品には「百水」「豊和」の印が押された。Hundertwasserはドイツ語でHundert(百)+wasser(水)であり、本名のStowasserの「Sto」もチェコ語で百を意味している。豊和のほうは、Frieden(自由)+s+Reich(豊富、王国)から来ているが、もともと「自由の王国」を意味する名前だったようだ。

絵画の他にも著作活動、講演、映画製作、パフォーマンスなどさまざまな活動を行った。中でも現代建築に対して独自の観点から批判を行い、1986年ウィーンに彼の理想の「人間的な都市」を実現するものとして完成した公営住宅は「フンデルトヴァッサーハウス」として有名だ。

DIE GERADE LINIE IST GOTTLOS.(直線に神は宿らず)

「自然に直線はない」として直線を毛嫌いしてきた彼らしく、すべてが大きくうねったラインで構成され、彼の絵画を彷彿させる鮮やかな色彩とあちこちに繁る木々を抱いたこの作品は、ウィーンの他の厳格な建築の中で今も異彩を放っている。

2000年2月19日、太平洋上のクイーン・エリザベス二世号で心臓発作により没。(k.s)

追加情報*2006年4月11日から5月21日まで、京都国立近代美術館で「フンデルトヴァッサー展」開催中です。その後、6月10日〜10月29日メルシャン軽井沢美術館に巡回します


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