毎年4月25日になると、バウハウス開校(設立)記念日という文字がネットのあちこちで見られる。これは不思議なことだ。というのも、日本語のバウハウスの書籍には4月25日という記述は見られないからだ。この日付はどこから来たのだろうか?この疑問から数年、バウハウスの設立時のことを調べ続けている。4月25日であるという証拠は、まだ見つかっていない。

いつから?どこから?

試みにTwitterで「バウハウス」「開校」「設立」などの言葉を拾ってみると、4月25日がバウハウス開校日であるとのつぶやきは、2010年ころまでさかのぼれる。さらに、Wikipediaをみると、「バウハウス」の項目には記載がないが、「4月25日」の項目に

1919年 – ドイツ・ヴァイマルに美術工藝学校「バウハウス」が開校。

とある。

この記述がこの説の発端なのかは不明だが、多くの人に影響を与えているのは確かだ。

興味深いことに、この4月25日の項目をドイツ語版、英語版でみてみると、バウハウス開校の記述はないのだ。念のために他の言語もいくつかみたが、やはり存在しない。4月25日開校は、日本独自の説のようだ。

開校/設立したのは?

では、実際の開校/設立記念日はいつなのか。これは大変難しい。バウハウスが開校式を開催したり、開校記念日を祝ったという記録はないからだ。最初の入学式があったかどうかもわからない。そもそも何をもって開校、あるいは設立とするのか?

「開校」を辞書で引くと

学校を新しくつくり授業を始めること。(大辞林)

とあり、開校記念日は授業が開始された日となる。この、授業の開始日というのもバウハウスにおいては難しい。グロピウスが新たに招聘しバウハウスに加わったマイスターは、1919年4月時点ではまだほとんどヴァイマールに来ていないのだ。バウハウスは万全のスタートを切ったのではなく手探りでスタートして徐々に状況を整えていったのだ。

開校か、設立か。一般的なイメージはもう少し曖昧で、設立日も開校日も同じように捉えられているように思う。では、何をもって開校/設立とするのか。

バウハウスが誕生したのは、1919年4月。数ヶ月前に第一次世界大戦が終わり、敗戦したドイツはそれまでの帝政から連邦制の共和国となり、学校が誕生したヴァイマールの地は、ザクセン・ヴァイマール・アイゼナハ大公国の首都から様々な調整を経て1920年にテューリンゲン州の首都となる。新しい体制に移行する狭間の混乱の時期に、バウハウスは生まれたのだ。このことがこの学校の設立の経緯を分かりにくくしている。

新説の登場

昨年、ネットでは、従来の4月25日以外に、もう1つの日付が踊った。4月12日。ベルリンの資料館 バウハウス・アルヒーフが、ヴァルター・グロピウスが契約書に署名をした日であるこの日を、バウハウスが設立された日とみなして100周年をお祝いしたのだ。*

では今後、4月12日がバウハウス設立記念日となるのだろうか?

さらにややこしいのは、グロピウスが署名したのは4月12日としても、その契約は4月1日に遡って効力を発揮するという内容だったことだ。

では4月1日の方がふさわしいのか?それとも、共和国臨時政府が2つの学校の併合と新校名”Staatliches Bauhaus in Weimar” を承認したと言われる日(3月25日)** か?それを旧大公国式部省がグロピウスに通告した日(4月12日)*** か?あるいは、最初の教授会が開かれた日(4月11日)が、学校の最初の活動として記念日にふさわしいかもしれない。

何を持って開校/設立とするか、という問題がまた浮上する。バウハウス自体がその日を決めていない以上、後から決めるのは難しい。今後、もしも授業の開始日が判明すれば「開校記念日」は解決するのだが、旧美術工芸学校がこの当時も工房の活動を続けていたとなると、どこからバウハウスの授業かを判明させるのは不可能に近い。「設立記念日」については、困難なままだ。

だから、バウハウス・アルヒーフは「グロピウスが署名した日」と、事実関係を明確にして祝っているのだ。

このように、一見簡単に思える「開校/設立記念日」は、大変難しい問題なのである。4月25日についても、まだ何も資料が出てこないので不明なままだ。設立時の経緯については、引き続き調査を続けていくので、有力な情報があれば、是非お知らせください。

(文 杣田佳穂)

*    4月11日に署名をしたという説もある。Volker Wahl (Hrsg.) Die Meisterratsprotokolle des Staatlichen Bauhauses Weimar 1919 bis 1925, Verlag Hermann Böhlaus Nachfolger, Weimar, 2001, p.13

**    R.R. Isaacs, Walter Gropius / Der Mensch und sein Werk, Band1, Gebr. Mann Verlag, Berlin, 1983, p.207

Éva Forgács, The Bauhaus Idea and Bauhaus Politics, Central European University Press, Budapest,  1995, pp.23-25

Forgácsはp.28で4月15日に法的な効力が生じたとも書いている。4月15日に活動を開始したという記述は、Walter Scheidig, Bauhaus Weimar 1919-1924, Werkstaatarbeiten, Edition Leipzig, Leipzig 1966にもある(未確認)

***   Hans Maria Wingler, Das Bauhaus, Weimar, Dessau, Berlin, Verlag Gebr. Rasch & Co., Bramsche, 1962, p.37

日本語版(『バウハウス ワイマール、デッサウ、ベルリン、シカゴ』造型社、1969年、p.44)には、4月11日とあるが、ドイツ語版には書類の写真が掲載されており書類にははっきりと「12. April 1919」と記されている。